こんにちは。りんご桜です。木竜皇(きりゅうこう)は将来有望と期待されてる二世若手力士。
父は先代の時津風親方(元・時津海)で、そのことはとても有名です。
また、弟である春雷(しゅんらい)と一緒に2021年初土俵に上がったことでも話題になりました。
そんな木竜皇と宇良との関係、銭湯での人命救助などのエピソード、四股名の由来、力士情報をお届けします。
木竜皇と宇良との関係は?
幕内の宇良に似ているとよく言われるそうです。もしかして兄弟?と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、ちがいます。
ただ、宇良本人からも「僕に似ているね」と言われ、公認だとか。
しれーっと並んでる宇良くんと、北の富士さんが宇良くんと間違えた木竜皇 pic.twitter.com/ODeZXO08sg
— アシトリータ (@ashitorrita) January 30, 2025
幕内の宇良に似ていると言われるという。「豊昇龍関によく言われます。宇良関ぐらい、強くなれるよう頑張りたい」と誓った
引用:日刊スポーツ 2024年5月26日
木竜皇が兄弟子の豊昇龍の付き人をやっていたので、その時に「似てる」と言われてたのでしょう。
木竜皇自身も宇良を意識し、目標にしているようです。「宇良関の低さは勉強になる」と相撲の面で学んでいる様子です。
いつか幕内で、似ている二人、木竜皇と宇良の取組がみれる日を楽しみにしたいです。
木竜皇が銭湯で人命救助?
2024年1月11日の夜、墨田区にある「薬師湯」と銭湯の湯舟のなかで、気を失っていた
心肺停止状態の男性(87歳)に気が付き、そこに居合わせた木竜皇は、湯船から助け出し、同じ部屋の煌貴龍(こうきりゅう)に店員への報告と救急車の要請を指示、そして、心臓マッサージと気道確保を繰り返し 蘇生させたそうです。その迅速な行動で、一命を取り留めた男性を救急隊に引き渡してたようです。
なかなかできない行動ですよね。目の前にそういう人がいても、助けたくてもどうしたらよいのか、すぐに行動にには移せない人も多い中、木竜皇の行動はすばらしいと思いました。
ネット上でも、このニュースが出ると、一時「木竜皇」が検索トレンドワードに入り、この行動が絶賛されました。
また、このことで、2024年2月には、、東京消防庁から感謝状を贈られました。救助に携わった煌貴龍と2人そろって、立浪部屋で表彰されました。
木竜皇は「なかなかいただけるものではないので、日本相撲協会の一員として自覚を持ち、みんなに愛される力士になりたいです」と、胸を張った。
引用:スポーツ報知 2月16日
日本相撲協会の一員としての自覚を持った行動だったのですね。若いのに立派です。
有名な力士になったとき、助けられた男性が「木竜皇に助けてもらったんだよ」と自慢できてしまいますね。
木竜皇の四股名の由来は?
「木竜皇」という四股名の由来は木竜皇自身もよくわかってません。
知り合いの人に付けてもらったんですけど、まだ由来は聞いていないので、今度会った時にしっかり聞いてきます。プロでやっていくので、かっこいい名前いただいて、ここからこの素晴らしい名前に負けないように強くなります」と宣言した。
引用:2021年4月28日 デイリースポーツ
木竜皇自身は気に入っているようですね。。四股名とは、「たくましい」という意味で、いつからか「四股」の漢字が当てられるようになったのです。四股名は力士にとても大切なもの。四股名に負けないようにがんばってほしいですね
木竜皇の力士情報(学校)
2008年4月に墨田区立両国小学校に入学。
1年生から埼玉県の草加相撲練修会で相撲を始めました。2年生と4年生に白鵬杯で優勝、5年生にわんぱく相撲全国大会2位の実績を残しました。
2014年柏市立柏第二中学校に入学し、寮生活を送っていました。3年生ではに全国中学校相撲選手権大会と全国少年相撲選手権大会で団体優勝を経験しました。
中学校卒業後は2017年青森県立三本木農業高等学校に進学し、相撲部の主将を務めました。
高校卒業後は、父が師匠を務める時津風部屋に入門する予定でしたが、父の先代時津風は自身が起こした不祥事が原因で日本相撲協会を退職しました。この事態を受けて木竜皇は時津風部屋に入門するべきか再考することになり、入門先を立浪部屋に変更しました。
入門の相撲部屋が決まっていたところで再考するのはとても大変だったと思います。父親が大変はことになっても「幼い頃から力士のなるのが夢」という気持ちが揺るがず、まっすぐに突き進んでいっているのはすごいことだと思いますし、原動力になっていると思います。
<木竜皇のプロフィール>
四股名 木竜皇 博一
本名 坂本 博一
愛称 ヒロカズ、ヒロくん
生年月日 2002年10月31日
出身地 千葉県柏市
(出生地は東京都墨田区)
身長 177cm
体重 133kg
所属部屋 立浪部屋
木竜皇、豊昇龍の優勝パレード、旗手に!
豊昇龍の2023年7月場所の初優勝時の優勝パレードには、同じく立浪部屋の幕内・明生が大役を務めていましたが、2025年初場所は木竜皇が旗手を務めました。
当時幕下だった木竜皇にとって、関取としてこの歴史的な瞬間に立ち会えたことは格別だったようです。「横綱が誕生する歴史的な瞬間に立ち会えて感無量。うれしいです。僕も(幕内で)優勝できる立場になれるように頑張りたい」と、今後の活躍を誓っていました。
木竜皇と豊昇龍の出会いは、なんと10年前!
木竜皇が千葉・柏二中1年、豊昇龍関が柏日体高1年の時、同じ土俵で稽古し、同じ寮で生活していたそうです。豊昇龍は「生意気なガキだった。こいつのポケットwi―fiずっと使ってた」と、当時の木竜皇関を懐かしみながらも、二人の仲の良さが伝わってきます。
木竜皇はその後、立浪部屋に入門。再び“先輩後輩”の関係となった二人は、互いに切磋琢磨し、優勝パレードという形で素晴らしい成果を上げたと言えるでしょう。
今回の経験を糧に、木竜皇もいつか幕内で優勝し、豊昇龍のようにパレードの先頭に立てる日が来ることを願っています!
ミーハーなのでパレード待ちました。
豊昇龍優勝おめでとうございます
旗手は木竜皇でした pic.twitter.com/a1uw6UzvYg— nidogeri (@nidogeri) January 26, 2025
まとめ
・木竜皇は幕内の宇良に似ていますが、でも兄弟ではありません。
・銭湯の湯舟のなかで、気を失っていた心肺停止状態の男性(87歳)に気が付き、
そこに居合わせた木竜皇は、湯船から助け出し、心臓マッサージと気道確保を繰り返し
蘇生させたそうです。その迅速な行動で、一命を取り留めた男性を救急隊に引き渡してたようです。
後日、東京消防庁から感謝状を贈られました。
・「木竜皇」という四股名の由来は木竜皇自身もよくわかってません。
本人はこの四股名をとても気に入っているようです。
・2008年4月に墨田区立両国小学校に入学。
2014年柏市立柏第二中学校に入学
2017年青森県立三本木農業高等学校に進学し、相撲部の主将を務めました
父が師匠を務める時津風部屋に入門する予定でしたが、父の先代時津風は自身が起こした不祥事により、時津風部屋に入門するべきか再考することになり、入門先を立浪部屋に変更しました
いかがだったでしょうか?
木竜皇はとにかくまじめででまっすぐな人だなと感じました。
父・先代時津風親方を越える日がすぐに来るような気がします。
まずは十両昇進がんばってほしいですね。
木竜皇の母は?父は?兄弟は?あわせてどうぞ。
