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舞の海秀平の奥さん(妻)は?(写真あり)出会いは?結婚と披露宴は?子供は?

力士のあれこれ

こんにちは。りんご桜です。

相撲解説者として、その鋭い分析とユーモアあふれる語り口で知られる舞の海秀平(まいのうみしゅうへい)さん。多くの人々から支持されていますね今回は、舞の海秀平さんの魅力の秘密に迫りながら、舞の海秀平の奥さんは?出会いは?結婚への道のりと披露宴について深堀したいと思います。

舞の海秀平の奥さん(妻)は?(写真あり)

舞の海秀平さんの奥様は、長尾真美さん(ながおまみさん)旧姓 奥真美さん

実は、真美さんは舞の海さんより6歳年上なんです。そして、真美さんには過去に結婚歴があり、お子さんが2人いらっしゃいました。下の画像の女性の方が真美さんです。美しい方ですね。

舞の海秀平の奥さん(妻)との出会いは?

一目惚れから始まった二人の恋

二人の出会いは、1994年の九州場所。舞の海さんがたまたま訪れたクラブで、真美さんと運命の出会いを果たします。そのお店は、なんと真美さんのお母様のお店だったのです。

舞の海さんは、そこで働いていた真美さんの姿を見て、一目惚れ。

仕事終わりに誘いをかけますが、真美さん「子供のお迎えがあるから」と、その誘いを断ります。

しかし、この出来事が、かえって舞の海さんの心を強く惹きつけました。

「彼女が子育てしていることを知って、それでさらに好きになってしまって」と、舞の海さんは語っています。

子供がいることを知って、さらに惹かれた舞の海さん
一般的な男性であれば、バツイチで子供が2人いる女性に対して、躊躇するかもしれません。しかし、舞の海さんは違いました。真美さんが子育てをしていることを知り、かえってその責任感や強さに惹かれたのです。

一目惚れした舞の海さんは、そこから真美さんへの猛アタックを開始します。子供がいることを知って、さらに一層その心を掴もうと努力したと思います。

 

舞の海秀平の奥さん(妻)との結婚への道のり

遠距離恋愛からはじまった二人の絆

舞の海さんと奥さんの真美さんの出会いは、福岡と東京という遠距離恋愛から始まりました。異なる環境で育った二人は、それでも惹かれ合い、やがて東京での同棲生活へ。しかし、結婚への道のりは平坦ではありませんでした。

結婚への壁

子供の壁: 舞の海さんは当初、子供が苦手という一面を持っていました。真美さんの連れ子とのコミュニケーションは難しく、それが結婚への大きな壁となっていました。
家族の壁: 舞の海さんの母親は、この結婚に反対。特に、真美さんが過去に結婚歴があり、連れ子がいることを気にされていました。

舞の海の決意と行動

このままではいけないと感じた舞の海さんは、思い切った行動に出ます。それは、真美さんと子供たちを東京に呼び寄せることでした。この決断は、彼自身の覚悟と、家族を一つにしたいという強い願いの表れでした。

父親の言葉とプロポーズ

舞の海の父親は、息子の決意を聞き、こう言いました。

「最後まで責任を持て」。

この言葉は、舞の海だけでなく、私たちにも大きな意味を与えます。家族とは、責任を持ち、最後まで支え合うものだということを改めて教えてくれる言葉です。

そして、舞の海は真美さんに電話をかけ、プロポーズ。

「心配する事ないから、東京に出て来なよ。」「大船に乗ったつもりで安心してくれ。」

彼の言葉は、優しさに溢れ、真美さんの心を打ちました。

結婚を決めた理由

真美さんが結婚を決意した理由は、子供たちが舞の海さんに懐いていたこと。そして、一緒に暮らす中で、舞の海さんの人柄を深く知ったからでしょう。

子供を愛する心

当初、子供が苦手だった舞の海さんが、子供たちとの触れ合いを通して変わっていく姿は、まるでドラマのようですね。舞の海さんの努力と愛情が、子供たちの心を解きほぐし、新しい家族の形を築き上げていったのです。

大相撲力士としての決断

当時、幕内で活躍していた舞の海さんにとって、離婚歴のある子連れの女性との結婚は、世間からどう見られるかというプレッシャーもあったと思います。もしかしたら、あの当時、人気力士ですから、相撲協会や後援会から反対されたかもしれません。
しかし、彼は自分の心に従い、家族を大切にする道を選びました。

 

舞の海秀平の結婚の裏で、親方の次女と結婚計画?

舞の海が所属していた出羽海部屋では、ある壮大な計画が進行していたそうです。

なんと、師匠の境川理事長(元横綱・佐田の山)の次女と舞の海を結婚させ、部屋を継がせるというのです!

角界では、よくある話ですが、もしこの話が実現していれば、舞の海は理事長夫人が経営する相撲茶屋『四ツ万』を継承することになり、まさに「逆タマ」の人生を送ることになっていたと思います。

しかし、舞の海は、当時の恋人であった真美さんに心を奪われ、「自分には分不相応」とこの申し出を断ったといいます。

真美さんへの一途な想いは、舞の海を引退という道へと突き動かしました。角界に残るためには、師匠の娘との縁談を断ることは大きなリスクだったからです。舞の海は、早い段階からテレビ関係者に相談し、引退後の道を模索していたそうです。

この話を聞いて、私は改めて舞の海の決断の重みに気づかされました。
相撲界という閉鎖的な世界の中で、自分の道を切り開くことは並大抵のことではなかったでしょう。
もし、舞の海が師匠の娘と結婚していたら、彼はどのような人生を送っていたのでしょうか?

日本相撲協会の重鎮として活躍していたかもしれませんし、全く違う道を歩んでいたかもしれません。

一番右が出羽海親方です↓

舞の海秀平の奥さん(妻)との披露宴は?

視聴率19.4%!国民から愛された舞の海さんの結婚式

1997年9月27日、舞の海秀平さんと長尾真美さんの結婚披露宴は、日本中を感動で包みました。なんと、その模様は日本テレビで放送され、視聴率は19.4%を記録!これは、芸能人の結婚披露宴でもなかなか達成できない数字です。特に、お嫁さんが芸能人ではないことを考えると、舞の海さんがいかに国民から愛されていたかが分かりますね。

招待客1000人、ご祝儀総額は1億円超え!

この豪華な結婚式には、約1000人の招待客が訪れ、ご祝儀総額はなんと1億円を超えたと言われています。それだけ多くの人々に愛され、祝福されていたということですね。

舞の海さんの心に響くスピーチ

披露宴で、舞の海さんはこんな言葉を述べました。

「今日自分は3つの幸せを手にしました。妻とふたりの子供たちです」。この言葉から、舞の海さんが家族をどれほど愛しているかが伝わってきます。

結婚式の日を長女の誕生日に

実は、結婚式の日である9月27日は、真美さんの連れ子の長女の誕生日だったのです。「家族みんなでずっとお祝いできるように」と、舞の海さんはこの日に結婚式を挙げたそう。家族への深い愛情を感じられるすてきなエピソードですね。その上の子が初めて「お父さん」と呼んでくれた日には、洗面所に駆け込んで涙したという舞の海さん。父親として、責任を持ってこの子たちを守ろうと改めて心に誓ったそうです。

 

舞の海秀平の子供は?

舞の海さん自身との間にできたお子さん(1人)と合わせて3人の父親となった舞の海さんは、2004年ベスト・ファーザー賞も受賞しました。

舞の海さんは、ベスト・ファーザーの授賞式で、息子の運動会を優先できなかったことを気にされていました。ご自身の受賞について、「息子の運動会より授賞式を優先してしまったので、本当にベストファーザーと言えるかどうか…」と照れながら話されたそうです。

それから、20年弱経っていますね。お子さんはどうしているのでしょうか。3人とも、20歳は過ぎていると思います。息子さんは角界に進んだ話題が出てないので、相撲の道に進まなかったのがわかります。娘さんは、舞の海さんが相撲解説もしているので力士と出会うチャンスもあります。もしかしたら、「舞の海の娘が力士と結婚!」ということもあり得ますね。

 

まとめ

・舞の海秀平さんの奥様は、長尾真美さん(ながおまみさん)旧姓 奥真美さんです。
実は、真美さんは舞の海さんより6歳年上なんです。

・二人の出会いは、1994年の九州場所。舞の海さんがたまたま訪れた真美さんのお母様のお店(クラブ)で、真美さんと運命の出会いを果たします。

・出羽海部屋では、師匠の境川理事長(元横綱・佐田の山)の次女と舞の海を結婚させ、部屋を継がせる計画がありました。

・舞の海さんの披露宴のテレビ中継の視聴率19.4%!
・真美さんの連れ子の長女の誕生日に行われた披露宴。約1000人の招待客が訪れ、ご祝儀総額はなんと1億円を超えたと言われています。

・舞の海さんの子供は、自身との間にできたお子さん(1人)と合わせて3人!

いかがだったでしょうか。
今では、あまり語られない舞の海秀平さんの奥さんや家族、結婚のことをまとめてみました。
このブログを読んで、舞の海さんの新たな一面を発見していただいたらうれしいです。

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